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南相馬市の様子

南相馬では、京都から支援に入って、そのまま南相馬のボランティアセンターで生活しながら、現地支援を続けている宮前利明さんの案内で視察しました。南相馬は、「避難指示解除準備区域」で大規模に除染作業が行われていましたが、地震・津波・原発放射能による3重苦の町であることに変わりはありません。

電柱の倍の高さの津波が押し寄せたという海岸近くの田んぼや家は、跡形もありません。近くに見える小高い山に逃げたけれど、それでも押し流されたということで、津波の規模の大きさを見せつけられた思いです。ウインドサーフィンの世界大会が行われたという美しい海岸にも、除染の黒い袋が並びます。

南相馬市の様子
南相馬の様子
南相馬市の様子

小高(おだか)地区というところは、浪江と接する場所です。そこに、東北電力の原発予定地だったところがあるというので行ってみました。赤白の鉄塔がそびえ、地域を見下ろしています。「あそこが原子炉の予定地だったんです。43年間、小高地区の住民が反対し続け、土地を売らずにがんばった結果、事故後、東北電力は建設をあきらめたのです。」 もし、ここに、原発がつくられていたら、どんな悲劇が起こっていたでしょう。住民の抵抗に拍手です。しかし、その方々も、家は残っていますが、全員避難です。

南相馬の様子
南相馬の様子

小高駅の駐輪場には、たくさんの自転車が置かれたままになっています。高校生が朝通学してきて、そのまま避難したため、置きっぱなしになったものです。駅の周辺の花壇には、美しい花々が咲いていましたが、近所の方が花を植えて手入れをしているとのこと。町の復活を思う気持ちが伝わってきました。この地区の小高中学校の生徒が避難先での昨年の卒業式に、犠牲になった友達、全国に散って行った仲間を思って作った「群青」という合唱曲が全国の学校に広がり、感動を呼んでいます。

このたたかいの歴史ある小高地区は、共産党の支持も高いところだと聞き、納得するとともに、その無念を思いました。

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