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「教育勅語」の肯定的使用 許さない!

6月議会の論戦が始まろうとしています。6月13日行われる自民党の代表質問項目に「教育問題 教育勅語の取り扱い」とあります。安倍政権が教育勅語の学校現場での使用を容認する閣議決定を行ったのを受けて、福岡県の学校現場でもその使用を求めることが予想されます。

私は一般質問で、教育勅語の内容・果たした役割・戦後衆議院と参議院で排除・失効決議がされたことなどを指摘し、教育勅語を肯定的に教えることは許されないと主張し、教育長の見解を問います。報告は後日行います。

国会では、共謀罪法をめぐり緊迫した情勢です。安倍首相は森友・加計学園問題で政治を私物化した疑惑には応えず、2020年までに憲法改悪を行うと言明しました。立憲主義・民主主義を踏みにじり、法治国家としての体さえ危うくしている現状の中で、着々と「戦争ができる人づくり」を進める安倍政権に恐怖を覚えます。

道徳の教科化は「忖度」教育にならないか

新指導要領に道徳の教科化が盛り込まれ、時をおかず教科書採択が行われようとしています。そもそも科学と対応していない「道徳」を教科にして、心を評価するということは、教育の現場であってはならないと思うのです。

25年以上前に、「関心・意欲・態度」をABCで評価することが強制されたとき、職員会議が大激論になりました。

「学習の到達度ではなく、『心』を取り出して評価することはできない」「何を指標にするのか」と。先生方の剣幕に校長はいったん評価しなくていいと言いました。しかし、教育委員会の強力な指導で「すべてBでいいから」と導入され、やがてABCがつけられるようになり、入試にも直結するようになりました。

親に説明できる客観的指標を作るため、教師は発言回数、提出物など何でもチェックし数値化するようになり、生徒は教師の意向を「忖度」するように仕向けられたと思います。

道徳の教科化は、これをさらに助長するものになると危惧します。

偏狭な愛国心の植え付けでなく「みんな違ってみんないい」の教育を

初めて採択される道徳教科書。パン屋が和菓子屋に書き換えられるなど、その異様さにマスコミも注目しています。

「ただしいあいさつ」(教育出版1年)という教材では、あいさつとお辞儀のタイミングを3択で問い、正しいあいさつの仕方があると教えます。これでは「正解」を探す子どもを育て、一方向に子どもを導くことにならないでしょうか。

「みんな違ってみんないい」「だれの命も大事」そんなメッセージを伝えることが日常の中の道徳教育だと思います。道徳教科書の展示会で意見を発しましょう。

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